有澤 隆
時計雑誌副編集長から、フリーライターに。
とにかく機械式時計が大好きで、スイスの時計職人たちとの関わりも深い。
11月には自身による時計解説本を発売予定。
ご期待ください。
すばらしき独立時計師たちの世界
第2回企画は失敗。でも扉は開かれる。
11年勤めた自動車関係の会社を辞めたあと、ある人の紹介で広告制作プロダクションに入った。今でこそ転職や起業が前向きに捉えられているが、当時は履歴書に3つ以上職歴があったら、まともな企業は採用してくれないといわれていた。しかも選んだのは、銀行の与信ランクでは最下位グループの業種。20歳前後で夢と憧れを抱いて入ったものの、30歳を前にして希望を失うといわれている業界だ。家族も含めて周囲からは変人扱いされたことはいうまでもない。
前置きが長くなったが、三島社長とお会いできたことも、懇意にさせていただくようになったことも、それと関係があるからだ。といっても、経歴ではない。敷かれたレールの上を走るようなことが嫌いな「変人的」性格のことだ。
他人と同じことはやりたくない。雑誌の企画にしても、誰かがやったことの二番煎じではなく、たとえ似たような企画でも、視点を移し、ポイントを変えたものにしなければ納得できない。リスクも無駄も多く、成功しても報われるものは少ない。それでも成功したときに得られる達成感が、何ものにも変えがたいからとしかいいようがない。
4年ほど前になるが、創刊して半年ほど経った腕時計の情報誌(プロダクションの社長が知人だったので企画の立ち上げから携わっていた)は、幸いなことに発売部数も順調に伸びていた。けれども、老舗の時計誌と肩を並べられるほど情報の蓄積がなく、どのような雑誌にしていくかの方向性もあいまいだった。
そんなとき、NHKの『独立時計師たちの小宇宙』を見た。土曜日の朝、ベッドに寝そべったまま何気なくテレビのスイッチを入れたのだが、最後まで食い入るように見続けた。
「これだ!」
腕時計は完成品の魅力だけではない。作る人と、その哲学を知ればすばらしさが何倍にも広がってくる。 そこで考えたのが、彼らの工房を訪ね、時計への思い入れを語ってもらい、できればエースバックに名前などを入れてもらうような特注品をオーダーできるツアー企画だった。初めに、アントワーヌ・プレジウソの代理店であるユーロパッションにいた志村さん(現在はフリー)に相談。そして三島社長を紹介してもらうことになった。
三島社長は企画そのものには疑問を抱いていたようだったが、「こんなことを考える君は認めよう」と協力を約束してくれた。そして勤也さんに会うことを勧められた。実は、勤也さんが『独立時計師たちの小宇宙』のコーディネイトをしていたことを、そのとき初めて知ったのだった。
結果的にはツアーそのものは参加者が予定数に達せず失敗。でも、ぜひともプレジウソに会いたいという富山県の新婚さんを案内することができた。 そして勤也さんが、ジュネーブでキース・エンゲルバーツの工房に案内してくれたのだが、以来、キースとも友だちとしての付き合いを続けている。代理店にしても、あるいは個人でも、紹介した友人同士が直接に付き合うことは嫌がることが多い。商売に影響するのではないか、雑誌などに何を書かれるかわからないといったような理由だろう。
だが、三島さん親子は違う。それだけに信頼を裏切らないように、またできるだけお手伝いができるようにと力を入れたくなる。ずいぶんと前置きが長くなってしまったが、次回から「すばらしき独立時計師たち」との交流を中心に話を展開する予定にしていきたい。